序章



 少女は、最後の力を振りしぼり瞳を開く。瞳に映るのは、悲嘆にくれる優しい者達。
 そんな顔をして欲しくなどは無かった。
 もう、声を出すことすら出来ないけれど、言うわ。
 「ごめんなさい、そしてありがとう」と。
 自ら死への道を選び、貴方達を置いていく馬鹿な主人の死をそれでも引き留めようと一生懸命な貴方達に。
 たくさんの感謝を込めて。

 目の前がだんだんと霞み、四肢から力が抜けてゆく。だんだんと体が冷えていく感覚。
 これが死というものなのか。
 死への恐怖と痛みが感じられないのはせめてものの情けなのだろうか。
 
 そして少女に死が訪れる。
 その瞬間、周囲の人々からは悲鳴が上がりその場を悲しみと嘆きの声が支配する。
 そんな場を破壊するかのように荒々しい足音が響く。
 その足音の主は、少女が眠る部屋の襖を乱暴に開けた。
 現れたのは、20代前半の青年。

 「旦那様。只今、奥方様が………」

 襖近くにいた初老の女性の言葉に青年は、瞳を一瞬見開きすぐに顔を歪ませると、
 ふらふらとした足取りで少女の眠る寝台へと向かう。

 「…………何故こんなことを………」

 そっと少女の顔に触れ冷たくなった頬を撫でる。
 その冷たさがもうこの世に少女は存在しないのだと青年に現実を突き付ける。

 「私を置いて逝くな…………」

 少女の体を抱き起こし、力一杯抱きしめた。そうすることで自分の元に少女が戻ってくるような気がしたから。

 「貴方は勝手だわ」

 その光景を部屋の隅から少女は、見ていた。
 普通なら死してすぐ魂は、天に昇る。そして転生の輪に戻り、また生れ出るのを待つ。
 しかし、少女はそれを拒んだのだ。
 一族の転生の輪に戻ればまた自分は繰り返すのだろう。
 思っても報われない人を思い、その人の気持ちを向けさせようとまた死を選ぶのだ。
 果たして私は、幾度同じ運命を、人生を生きてきただろう。
 だったら、もう戻らない。
 私は私の人生を生きるのだ、今度こそ。

 そう強く決心した少女は、この世を後にした。
 今度こそ、自分の選んだ生をまっとうするために。




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