紅の瞳



 部屋に入ると中の作りは、自分がさっきまでいた部屋と変わりはなかった。
 あるとすれば、緋乃の趣味に合わせられたインテリアが所々に置かれていて人が住んでいるという感じがあるくらいだ。

 「おはようございます…………で、いいんですよね?」

 意識を失ってからどれくらい時間がたったのか分からない小夜は、尋ねる。すると、その姿を見た緋乃は、口に手を当て笑う。
 その反応に、小夜は恥ずかしさから頬を赤く染め俯く。

 「悪かったね。あっちの部屋は空き部屋だから時計も何もなかったね」
 「いえ。こちらこそ、お世話をかけてしまったようで」
 「気にしないでいい。お嬢さんは、しばらくこちらで預かることになったからね」
 「え?」
 「まぁ、こっちに座って。朝食をとりながら説明するよ」
 「いえ、そんな。そこまで迷惑は…………」
 「迷惑じゃないよ。作るのは、こいつだからね」

 緋乃は、そう言いながら指で後を指す。すると、そこにはエプロンを着けた保の姿があった。

 「お嬢、おはようございます。すぐに出来ますから、座って待ってて下さい」
 「でも…………お腹空いてないし」

 そんな小夜を見て保は、笑う。その笑顔は、口は笑っているが目は笑っていない。
 はっきり言って、普通の人間なら裸足で逃げ出しかねない。
 特に保は、頭を丸めところどころに剃りを入れたヘアスタイルの上、目つきが鋭い。はっきり言って、そこらのチンピラより怖い。
 多分、やくざの若い衆にも喧嘩で負けないだろう。

 「そう言うと思ってましたよ。だけど、俺がいるかぎりそんな台詞で許しませんよ? 
  食事は、かならず3食きっちり取らせます。はい、座る」

 保は、どしどしと小夜の所まで歩いてくるとその手を取り、ダイニングテーブルに座らせる。
 「…………少しでいい」
 逆らえば、逆らうほど量が増えていくのを身を持って体験している小夜は、諦め項垂れた。

 「じゃあ、少し話を進めようか」
 「はい」
 「まず、何でお嬢さんをうちで預かることになったかというと…………」




 緋乃さんから聞かされた話は、まるでお伽噺だった。
 そもそも、私はあまり非科学的な事は信じない性質。だから、どうにも彼女の話が受け入れられないでいた。

 「まず、この世界には人ならざる者が存在する。それが鬼の血を引く夜叉族だ。
  彼等は、我々人間より優れた体と力を持っていて人間と対立関係にあった」
 「はぁ…………」
 「しかし、ある時彼等と対等に渡り合える力を持つ者達が現れた。そして、長きに渡る争いが始まった。ここまでは理解出来るかい?」
 「信じがたいですけど」
 「あぁ、お嬢は非科学的な事は信じない性質なんすよ。幽霊とかUFOとか」
 「だって、生まれてこのかたそんなもの見たことないもの。私は、自分が見たものしか信じないだけよ」

 保に茶化された小夜は、頬を膨らませる。その顔を見て緋乃は苦笑した。

 「そりゃ、信じろというのが難しいさ。実際に見ないことにはね。まぁ、それは追々見ることになるだろう。
  で、話の続きだが。実際、夜叉族は時代時代の節目の出来事に手を出してきている。
  そのせいで、いらぬ混乱も多々起きた。第二次大戦以降は、表だって世を混乱させることはしなくなったがね」
 「じゃあ、今現在は、争いはないんですか?」
 「いや、小さいものはいくつかね。命を取り合う規模のものはない。夜叉族も我々人間と同じように生きているからね」
 「へー、じゃあもしかしたらそこら辺にいるかもしれませんね」
 「あぁ、目の前に」
 「え?」
 
 その言葉に小夜は思わず固まる。今、目の前にいるのは緋乃だ。
 ということは、彼女は鬼?
 そんな小夜の心を見透かしたのか緋乃は、ニヤリと笑う。そして、軽く瞼を閉じた後、再びゆっくりと開く。
 すると、先ほどまで自分と同じ茶色の瞳だったのが紅い瞳に変っていた。

 「紅い瞳…………」
 「そうだ、夜叉族は全て瞳は紅だ。何だ、恐ろしいか?」

 自分の瞳を見詰めたまま言葉を発しない小夜に緋乃は問いかけた。すると、小夜は首を大きく2、3度振る。

 「きれい」
 「この瞳がか?」
 「はい」

 うっとりと自分を見つめる小夜に緋乃は、思わず噴き出す。

 「あははははっ! 初めてだよ、こんな反応をする子は」
 「なっ、きれいなものをきれいと言って何が悪いんですか!!」

 瑠璃の反応に気分悪くした小夜は、プイっと顔を反らす。すると、緋乃は笑った。心底嬉しそうな笑顔で。

 「悪かった。ありがとう、嬉しいよ」
 「…………別にいいですけど」
 「実は夜叉族には二つの派閥がある。一つは昔と同じように人間の世を牛耳ろうとする一派。
  そして、それと反対に人間と共存を掲げる一派だ。私はその共存派に属している」
 「それでその話がどうして私に関わってくるんですか?」

 緋乃の話は、真実だろう。実際に紅い瞳を見たからにはそう信じざるをえない。
 しかし、だからと言って何故自分何かに関わってくるのか不思議でならない。
 自分は、普通の人間だし、世間一般に言われているような霊能力とかとは無縁だ。

 「あんたにとっては大事なことだ。自分の体の弱さを不思議に思ったことはないかい?」

 緋乃に問われ、改めて自分の体について考えてみる。
 確かに生まれた時から、自分の体は弱い。原因不明の熱にこれまた原因不明の発作。しいて言えば発作は、不整脈のものと似ている。
 運よく薬が効いたのでいつもはそれを使っている。

 「確かに不思議です。医療が発達した時代で原因不明と処方される症状が多すぎかなと」
 「私と雅也の見立てでは、力の循環の悪さだね」
 「力の循環?」
 「あんたは、その体に大きな霊力を秘めている。本来なら一定の割合でそれを外に出すべきなんだが、何故だかそれが出来ていない。
  つまり、体内に貯まる一方なのさ。そして、貯め込んだ力が発作などを起こしているんだ」
 「はぁ…………」

 突然の展開に頭がついていかない。
 自分に大きな霊力? それが循環出来てない? 何なのよ、それ。

 「その原因の一端を担っているのが保の兄貴だ」
 「龍が?」
 「あぁ、龍と保の兄弟は夜叉の血を引いてるからね。元々、あんたの親父さんは、夜叉族の共存派と懇意にしていた。
  そんなある日、龍達兄弟の親が亡くなった。彼らは結婚と同時に夜叉族と距離を置いていたから引き取り先でもめた。
  そこで、共存派のお偉いさんから頼まれたあんたの親父さんが家に引き取ったんだ」
 「そうなの?」

 初めて聞く話に小夜は、目を丸くする。そして、真実かどうか確かめるべく保に視線を送る。
 すると、保はがしがしと自分の頭をかきながら苦笑した。

 「緋乃さんの言う通りっす。…………嫌ですか?」
 「何が?」
 「何がって…………。人間以外の血を引いてるなんて気味悪くないっすか?」
 「保は、保じゃない。別に何か変わるの?」
 「いいえ、変わりません。今までと同じようにお嬢に飯を食わせるだけです」

 そう言うと保は、にんまりと笑った。その顔に小夜はたじろぐ。

 「だから、龍達は力を持っていた。そしてある日、あんたが生まれた。
  多分、これは憶測なんだが、生まれたばかりのあんたはかなりの力の持ち主だった。そのせいかよくないものが寄ってくる。
  だから、屋敷に結界を張った。おかげであんたに危害を加えられるようなことはなかった」
 「はい。兄貴が定期的に張り直していましたし、屋敷の外に出る時は俺か兄貴が側にいました」
 「それがいけなかったんだ。そもそもその辺にうろついてる奴らならこの子に近づいただけで消えちまうよ。
  それ以上の奴らでもお前達が側にいると分かっている時点で近づきゃしないのに。
  そんな事をするからこの子は、力を外に出すことが出来なかったんだ」
 「つまり、過保護にされすぎた結果?」
 「まぁ、赤ん坊だったし。それ以上に龍達にとっちゃ、あんたの存在はあの家にいる意味をくれた。
  だから、全力で守ると決めた。その結果だ、誰が悪いってものじゃないさ」

 緋乃は軽く肩をすくめるとテーブルに出された自分の分の朝食に手を出し始めた。
 それを計ったかのように自分の目の前に皿を出してきた保を見た小夜は、諦めて自分の分に手を付けるのだった。


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