転校・初日<2>
小夜の波乱の転校初日の朝。まるでこの後の波乱の学生生活を予期していたかのように、空はどんよりと曇っていた。雨が降るのも時間の問題と思われる。
現実逃避をかねてカーテンの隙間から外を覗いていた小夜だったが鬼頭が用意した制服にちらりと目をやり大きな溜息をつく。
用意されたのは、黒地に白のラインが入ったセーラー服。おまけに白いスカーフと白のスカートときた。
(白のスカート。汚れそう。それになにより丈が短すぎる)
中学まで通っていた学校の制服は、足首近くまである紺色のワンピース型のセーラー服だった。
同じ様に白いラインと白いスカーフだったが、それにしてもこれは。
着なくてはいけないと思うが、どうしても手に取るのをためらってしまう。
(これは、嫌がらせ?)
この時、小夜は自分のスカートがとても短いと思っていたが学校に行ってすぐに認識を改める。鬼頭は十分に配慮して制服を準備してくれたのだと。
それでもこの時は、半ばやけくそな気分で袖を通した。
そして鞄を手に取ると隣の部屋に向かう。最初の日以降、緋乃の部屋で食事を取るのが習慣になっているからだ。
「おっ、早いですね。お嬢! へー、前の制服も上品でよく似あいましたけど、今回のもいいっすよ」
「それは嫌味?」
「純粋に褒めているですけど。ねぇ、緋乃さん」
「あぁ、よく似あっている。だが、その三つ編みはな。悪くはないが、せっかくきれいなストレートなんだ、結ばずに行ったらどうだ?」
「邪魔です。それにこれは習慣ですから」
「前の学校は、肩より下まであると髪を結ぶのが校則だったんですよ」
「そうなのか? 随分、厳しいなぁ」
「ミッション系のばりばりのお嬢様学校でしたからね」
「保。制服は、どこに行けば買えるの? 放課後に行きたい」
「どうしてですか? 鬼頭さんが全部用意してくれたでしょう?」
「何か足りないものでもあったか?」
「短い」
「短い?」
小夜の言いたいことが緋乃には理解出来なかった。しかし、長年側にいる保にはすぐに察しがつく。
昔から小夜は、膝が出る丈の服は着てこなかった。
元々彼女は、基本的に自分で洋服を買いに行くことがなかったので自然と家族の趣味が反映される。
その上幼少の頃、めずらしく短めのスカートで出かけた時に変質者に声をかけられたのだ。
すぐに龍が助けたので何もなかったが、それ以降なるべく露出の少ない服装になっていったのだ。
それに家では和装が多かったので、家出中に着ていた洋服は彼女がめずらしく自分で用意したもの。
だが、長年の習慣のせいか自然と丈が短いものはなかった。
「お嬢、その丈でも十分長いですよ。膝下までありますし」
「嘘でしょ?」
「あぁ、そう言うことか。でも、今日はそれで行ってみればいい。きっと今までの常識が吹っ飛ぶぞ」
「…………分かりました。でも、落ち着かないわよ。これ」
保は、そのまま食事の支度に戻って行く。しかし、改めて小夜の姿を眺めた緋乃は、内心どうしたものかと困惑していた。
元々小夜は、顔立ちの整った少女だったが制服を着た今は、生来の上品さと清廉な美貌がきわだっていた。正直、これはまずい。
(奴らが群がるのが目に見えている。うーん、眼鏡をかけさせたところで余計に群がりそうだしな。これは、百合に相当頑張ってもらわないと。
あのうなじも不味いな。馬鹿共が実力行使にでかねない)
元々、華奢で口を開かなければ儚げな雰囲気を漂わせる少女なのだ。それに加えて無意識に漂う少女特有の色香。これでは、あの学校では簡単に手折られてしまう。
だったら完璧に作り上げなければ、雑魚共が寄ってこれないように。
「小夜。三つ編みは、止めておけ。私が巻いてやろう、その方が絶対いい」
「えぇ〜、地味目な感じがいいんですけど」
「いや、こうなったら思いっきり作るぞ。三下共が近づけないようにな」
「どういう意味ですか?」
「分からなくていい。さぁ、こっちに来い」
「………………はーい。変な緋乃さん」
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