災難は突然やって来る



 自分がトラブルを寄せ付けやすい体質だということは、十分に自覚していた。
 今までの人生においてかなりの修羅場を潜りぬけて来たことは嫌になる程分かっていた。
 だけど、これはいくらなんでもありえないでしょう?
 今、目の前に広がる光景を目にして、そう強く思う。

 「もっ、燃えてる…………。嘘でしょ!?」

 自分の住んでいるアパートが燃えている。入居してまだ一ヶ月もたっていないのに。
 あまりの出来事に体の力が抜けてへなへなとその場に座りこんでしまう。

 「小夜ちゃん! 無事だったのね!」
 「へ?」

 アパートの敷地の前の道路に集まる野次馬の中から、その間をぬうように中年の女性が現れる。
 その人は、小夜が住むこのアパートのオーナーである女性だった。

 「平井さん、何で? どうして、アパート燃えてるんですか?」

 半泣きの状態で叫び混乱する小夜を平井は抱きしめた。

 「放火らしいわ。他の部屋の方達の無事は確認出来ていたけど、あなたの安否だけが分からなくて心配してたのよ?」
 「たまたま残業で」
 「そう、良かったわ。さあ、立てる?」

 平井は小夜に手を貸し立ちあがらせ歩道のガードレールに座らせると、
 小夜の無事を告げに消防士の元へと駆けて行く。
 結局、アパートを燃やす炎の勢いは止まることを知らず、木造アパートを全焼させるまで鎮火することはなかった。
 そして小夜に振りかかる災難は、これを契機に始まって行く。



 アパートは建て直しすることになりその間の住居は自分達でどうにかして欲しいと、平井は申し訳なさそうに小夜達住人に告げた。
 とりあえず、今日は駅前のビジネスホテルに宿泊することに。

 部屋に入るとどっと疲れが押し寄せてきた。
 ベッドに寝転がり、睡魔に襲われながらもそれと必死に闘いこれからについて考える。
 数日ならホテル暮らしでどうにか出来るがアパートの建て替えが終わるまでとなると
 短期間でもいいからどこか新しい住居を決めなければなるまい。

 しかし、今の自分では新しい住居の契約は難しい。何しろ、このアパートに住めるようになったのも
 オーナーである平井の懐の深さによるものだから。
 何件もの不動産屋を巡り、そのたびに契約を断られていた自分を見て声をかけてくれたのだ。
 そして、「古くていいのなら」とこのアパートに誘ってくれた上に仕事までお世話してもらった恩人。
 そんな恩人にこれ以上迷惑は掛けられなかった。

 「小夜ちゃん、もし良かったら私の家に来てもいいのよ」
 「いえ、大丈夫です。彼の処にころがりこみますから」
 「まぁ、恋人がいたのね。それなら安心だわ。建て替えが終わったら仕事先に連絡をいれるから待っていてちょうだい」
 「はい」

 ホテルのロビーで交わした最後の会話。
 もちろん、恋人の話は嘘である。こんな胡散臭い人間に恋人が出来るはずがないのだから。
 不動産屋で断られていた理由は、一つ。身分を証明するものを持っていないから。
 そして現在使用している名前は、嘘なのだ。
 何も好きで偽名を使っている訳ではない、使わざるを得ない理由が小夜にはある。

 そんな人間に手を差し伸べてくれた平井には、小夜にとって神様みたいな人物。
  どうにかしなければなるまい。
 その後も寝返りを打ちながら必死に考えるが妙案は思い付かず、ついには睡魔に負けて眠りに落ちたのだった。



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