一難さってまた一難
『私は何もしなくていいと言ったはずだ』
『でも…………』
『私は貴女に何も期待していない。大人しく屋敷にいればそれでいい』
男は少女にそう言い残すとその場を足早に去って行く。その場に残された少女の心中を思いやることなどせずに。
その後姿を見つめながら少女は、あまりの悔しさに強く唇を噛む。
どうしてあの人は分かってくれないのだろう?
どうしたらあの人は私を認めてくれるのだろう?
どうしたら………。
答えの出ないその問を少女は考え続けるのだ。自分の命を断つその日まで。
遠くなっていた意識が戻り、瞳を開けるとそこはどこかの会社の一室らしき場所。
小夜は体をゆっくりと起こし、その部屋を見渡す。
すると自分が寝ていたソファーの向かいにある大きな鏡に写った自分の姿を見て思わず驚く。
その瞳は、涙で赤く充血し目元は腫れている。小夜は、手でそっと目元を拭った。
「今日の夢は初めてかも。まさか、泣くなんてね。
あぁ、めちゃくちゃ腫れてるし。それにしてもここはどこ?」
鈍っていた脳をふる回転させ、先ほどの出来事を思い出す。
確か男に追われて、仕方なしに知らない男の車に飛び乗ったのだ。
「まさか気絶するなんて。何もされてないわよね?」
小夜は、鏡に写った自分を上から下までじっくりと眺める。
目立った服装の乱れはない。ただ、シャツのボタンがいくつか外されている程度。
多分、意識を失った自分を楽にさせるために外してくれたのだろう。
見た目とは裏腹にあの男は紳士なのかもしれない。
とりあえず病院に担ぎこまれることがなかったのは幸いだ。後は自分の荷物だが……。
周囲を見渡すと自分が寝ていたソファーの向かい側の1人用の椅子に上着とバッグが共に置いてあった。
ざっと中身を確認したが無くなっているものはない。
「良かった……。あとはお礼でもしてさっさと帰ろう」
安心した小夜はいつもの癖で、身に付けているペンダントへと手を伸ばす。
しかし、あるはずの鎖の感触がない。
慌てて胸元に目をやるとそこにあるはずのものがなかった。
「嘘! 何で??」
小夜はバッグの中を全て取りだすが目当ての物は出てこない。
「どうしよう………」
あまりの事に小夜の顔色は急速に青ざめていった。
「探し物はこれかな?」
突如響いた声に小夜は、ビクリと肩を震わせると恐る恐る振り返る。
するとそこには先ほど自分を助けてくれた男が立っていた、小夜のペンダントを手にして。
<BACK> <INDEX> <NEXT>