生い立ち



 「どうぞ」

 鬼頭に差し出されたコーヒーを受け取った小夜は、お礼代わりに会釈する。
  鬼頭はそんな小夜の態度に柔らかく笑む。
 そして全員分のコーヒーを用意し終えると保の隣の席へと腰を降ろした。

 「で、事情って何ですか? 理由によっちゃあ、すぐに連絡しますよ」

 保は、これでもかというぐらいに目を吊り上げ小夜に詰め寄る。

 「どこから話したらいいか…………」
 「私と雅はあなたの事何も知らないからね。最初から話してくれないか?」

 困惑していた小夜に緋乃は、そう助け舟を出してくれた。

 「じゃあまず、私の家の話からします」

 小夜はある地方都市の会社社長の令嬢として生を受けた。
 その会社というのは、不動産や貸金業、そしてパチンコなどの遊興施設を運営している。
 これは父が一代で築き上げたもので、祖父の代までは地元では有名なヤクザだった。
 元々、商才があり男気もあった父は、自分の手下や家族に真っ当な道を歩ませてやりたいと足を洗い会社を設立した。
 バブルもあり時流を読むのに長けていたおかげで会社はあっという間に大きくなった。
 当初は、元ヤクザだからと自治体や警察などにも目を付けられていたが
  道を踏み外した若者を雇い入れ更生させていったおかげで徐々に企業として認められていく。
 そして2人の息子と1人の娘に恵まれた。その娘が小夜である。

 「あれ? でも君の父親って…………」
 「そうです。私の本当の父親は、一番上の兄です。兄が高校1年の時に生まれたのが私です。
  当時付き合っていた彼女が妊娠に気づくのが遅すぎたせいで産まざるをえなかったみたいで。
  私を生んだ人は、育てる気もなくその家族も引き取りを拒んだ。
  実の父親である兄は学校を辞めて働いて私を育てると言ったそうですけど、
  子供に子供が育てられるわけがないだろうって。結局、パパが私を実子として育てることにしたそうです」
 「まじですか!! 俺、そんな話聞いてませんよ」
 「この話を聞いたのは保が出て行ってからだから。もう私も高校生になるから知っておいたほうがいいって。
  それに家族は私の事を大切にしてくれてるし、家族は家族だから」
 「事実を知ったからと言って今までの家族としての絆は壊れないってことか。それなら何で家出何かするんだい?」

 今の小夜の話と態度に嘘偽りはないだろうということくらい、初めてあった緋乃にも理解出来た。
 だから、尚更分からないのだ、家出という手段を使う理由が。

 「本題はここから何です。
  実は、私が高校入学を控えたある日にいきなり警察が乗り込んできて長兄を連行していきました。
  麻薬取締法違反の罪とかで」
 「は? あの秀一さんが? そんな馬鹿なこと…………」
 「実はね、組時代からの幹部の誰かが密売しているという噂があって兄はそれを調べていたらしいの。
  だけど、それを察知したその誰かは兄に罪を擦りつけた。今は、秀吾兄が弁護について法廷で争い中。
  その事件の余波でパパは社長を辞任。後継者には、保の兄の龍が選ばれたの」
 「兄貴が? ………………もしかして」

 今までの説明で保は事情を察した。

 「幹部達は、龍が後継者になるのを承知する代わりにある条件を課した。その条件というのが私との結婚」


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