「そりゃ気の毒だ。そんな若い身空で」

 緋乃は、同じ女として同情を覚える。

 「でも、お嬢は確か兄貴が好きなんですよね? 願ったり叶ったりでしょう?」
 「馬鹿!」

 保の無神経な言葉に小夜は持っていたカバンを投げつけた。
 油断していた保はそれをもろに頭にくらう。

 「痛っ! 何するんですか…………いてぇ」
 「自業自得だね、保」
 「そうだね。自業自得だ」

 緋乃と鬼頭は呆れ顔で保を見る。

 「…………確かに初恋であったことは認めるわよ。でも、龍さんには小夜さんがいるもの」

 そう言って俯き、黙りこんでしまった小夜の頭を緋乃は優しく撫でてやる。
 龍には学生時代から付き合っている女性がいるのだ。
 小夜もその女性のことはよく知っている。実は、今偽名として使用している名はその女性のものだった。

 「…………龍はパパの頼みなら断れないもの。だから、私が居なくなれば…………」
 「自分が居なくなれば結婚話は無くなってその2人が幸せになれると思ったんだね。
  やっぱり、女の子は大人だね。どっかの馬鹿とは大違いだ」
 「実は、そのことなんだけど。君のお兄さんの無罪が立証されたそうだよ。
  その龍さんとやらが真犯人を突きだしたそうだ」
 「本当ですか?」

 鬼頭の言葉に小夜は顔を上げる。そんな小夜を安心させる為に鬼頭は、笑みを浮かべながら大きく頷いた。

 「ああ」

 鬼頭のその優しい笑顔にそれが真実だと確信した小夜の口からは嗚咽が漏れだす。

 「よっ……よか……。うっ………うぅ」
 「我慢することない。泣きな」

 緋乃は、小夜の肩を抱き寄せると子供をあやすように背中をさする。
 その手の優しい感触に今まで小夜の中で張りつめていたものが関を切ったように溢れ出したのだった。


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