彼女



 翌日、小夜と保は嫌々ながらも故郷へと帰って行った。
 それを見送った緋乃は、事務所で書類を決裁しながらつい思い出し笑いをしてしまう。あの車に乗り込む前の二人の顔といったら。
 小夜は、腹をくくったのか多少不機嫌そうな顔をするぐらいだったが、それよりもひどかったのが保だ。
 あの強面の顔を真っ青にし、虚ろな目をしていた。そして、隠してはいたようだが若干震えていたような気がする。

 「くくくくくっ、いい物を見た」
 「何を笑っているの? 傍から見たら不気味なんだけど…………」
 「おやおや、江崎のお嬢さんじゃないか。こんな処に何の用だい?」

 いつの間にか部屋に入ってきた若い女性を見て緋乃は、皮肉気に笑う。
 そんな彼女の態度に慣れているのか、その女性は軽く肩をすくめる。

 「この間の報告書を頂きにきただけです。ここに来たがるのは、鬼克の中では私くらいですからね」
 「まぁ、そうだろうね。それにしてもよくあの坊ちゃんが許したね」
 「あの方は、夜叉だろうと鬼克だろうと共に生きていくと決めている者を差別したりしませんよ」
 「違う、違う。あっちの坊ちゃんさ。あの神経質そうな方の」
 「それは、彼の前では言わないほうが…………」
 「まぁ、上の人間がああだと忠誠を誓う側が神経質になるのは仕方ないさ。ほら、これが報告書だ」

 緋乃が書類を渡すとその場で女性は中身を確認し始めた。そして、全てに目を通すと「確かに」と言い鞄へとそれを収める。

 「そう言えば、ここ掃除でもしたんですか? 随分ときれいになっているみたいですけど?」

 女性は、何かを確認するように部屋を見渡す。部屋自体は、いつも通り雑然とした感じがする室内のまま。しかし、中の空気が違っていた。
 このビルに一歩入った瞬間、清涼な空気を感じたのだ。

 「あぁ。新入りが入ったからね。うちの一族とも取引がある家のお嬢さんをね」
 「めずらしいですね。貴女方が普通の人間を側に置くなんて」
 「普通ではない。かなりの霊力の持ち主だな。彼女の力は、空気清浄機みたいなものだから、ここも前よりは来やすくなるぞ。
  だから、別に江崎のお嬢さんがわざわざ書類を取りに来る必要もなくなってくる」
 「そうですか、それは助かります。いくら学生とは言え、私も暇ではありませんから。では、失礼します」

 話を聞いて納得したのか、女性はそのまま部屋から出て行く。その背に向かって緋乃は、問いかけた。

 「まだ、会う気にはならないのかい?」
 「………………」

 しかし、彼女はそれに答えることはせず、そのまま去って行った。その反応に緋乃は、溜息をつく。


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